『だれかえほんをよんでくれませんか』
大分県豊後大野市 A Y 様


私は昔から写真をとる事が好きで、とにかく枚数だけはたくさんあります。そして育児の中では、子どもと一緒に絵本を読むことが好きです。そんな私にこのアルバム絵本がすてきなものになるのは必然でしたが、作り出すまでに少し時間がかかってしまいました。楽しいはずの育児がそうではなくなっていたからです。

もうすぐ4歳の長女は絵本が大好きです。次女が生まれるその夜も読んでいました。新しい本を借りたばかりでいつもなら誰が読んでも喜ぶはずなのに「おかあさんじゃなきゃイヤ」とグズっていました。予定日まで10日以上あり、その日の検診でも予定日は過ぎるだろうと言われたばかりでしたが、長女だけは何かを感じていたのかもしれません。

絵本を読んで眠る長女を見ながら陣痛が始まり、そのまま入院、出産。2年半、ほぼ24時間365日一緒だった長女と少し離れての生活が始まりました。退院したら甘えさせてあげたい。が、叶うはずはなく、がまんがまんの生活になっていたと思います。その頃の長女は妹の存在がわからないほど幼くはないものの妹を可愛いがるにはまだ幼すぎました。

こちらが長女を優先にしているつもりでも、「あかちゃんキライ、かわいくない、あっちにやって、おっぱいのませないで」という言葉に胸が痛くなりました。日々のバタバタと長女のイヤイヤも重なり、イライラする自分。私も弟がいるので、お姉ちゃんになろうという思いとまだ甘えたい思いの間で揺れる気持ちが痛いほどわかり、あえてお姉ちゃんという言葉は使わないようにしていました。そ のことで周りからはお姉ちゃんになれない、言い方が悪いと言われ悩み、親子で辛い日々を過ごしました。

絵本を読んであげることも写真を撮ることも減っていたし、せっかく撮った写真に写る長女の顔もそれまでと違っていました。夜中に突然長女が目を覚まし「だれかえほんをよんでくれませんか」と泣き始めたときには自分が情けなくなりました。

「長女に特別な絵本を読んであげたい」
「またあの笑顔がみたい」

こうしてやっと絵本アルバムを作ることを決意した私は、まず長女と一緒に初めてアルバムを見ることにしました。長女にとってはアルバム自体が新しい絵本のように感じたようで大喜び。たくさん出てくる次女のようにちいさな赤ちゃん。でもそれは次女ではなく自分。「これ、さーちゃん?」と何度も確認し、「この写真はどうして撮ったの?」と質問攻め。

私がどんな姿もかわいく思えて撮ってしまった、人には無駄な写真が長女には無駄ではありませんでした。1枚1枚説明したことで自分がどんなに愛されかわいがられてきたかに気づき、妹に優しくする気持ちが生まれたのかもしれません。

そうして完成した絵本が届くと最初は照れくさそうでしたが、自分が主人公の絵本は特別なようで大切に読み大事にしまうようになりました。

次女が生まれて1年が経ち、長女の言葉も変わってきました。この絵本を一緒に開き写真を指さす次女に「これはさーちゃんだよ」と話している姿を見ると、あの頃とは違う気持ちで2人を見ている自分にも気づかされます。

本来なら生まれてすぐの写真がメインで作られるはずの絵本でしたが、我が家では3歳の誕生日のタイミングで作ることになり少し違う内容に対応していただき感謝しております。ステキな絵本だけでなく子どもたちのいろんな姿に気づくきっかけを与えていただきありがとうございました。

長女の今の口ぐせは「4人家族みんなで力を合わせてがんばろう」です。この言葉のように頑張っていきたいと思います。そして次女にも絵本を作ってあげたいです。

『だれかえほんをよんでくれませんか』
大分県豊後大野市 A Y 様


私は昔から写真をとる事が好きで、とにかく枚数だけはたくさんあります。そして育児の中では、子どもと一緒に絵本を読むことが好きです。そんな私にこのアルバム絵本がすてきなものになるのは必然でしたが、作り出すまでに少し時間がかかってしまいました。楽しいはずの育児がそうではなくなっていたからです。

もうすぐ4歳の長女は絵本が大好きです。次女が生まれるその夜も読んでいました。新しい本を借りたばかりでいつもなら誰が読んでも喜ぶはずなのに「おかあさんじゃなきゃイヤ」とグズっていました。予定日まで10日以上あり、その日の検診でも予定日は過ぎるだろうと言われたばかりでしたが、長女だけは何かを感じていたのかもしれません。

絵本を読んで眠る長女を見ながら陣痛が始まり、そのまま入院、出産。2年半、ほぼ24時間365日一緒だった長女と少し離れての生活が始まりました。退院したら甘えさせてあげたい。が、叶うはずはなく、がまんがまんの生活になっていたと思います。その頃の長女は妹の存在がわからないほど幼くはないものの妹を可愛いがるにはまだ幼すぎました。

こちらが長女を優先にしているつもりでも、「あかちゃんキライ、かわいくない、あっちにやって、おっぱいのませないで」という言葉に胸が痛くなりました。日々のバタバタと長女のイヤイヤも重なり、イライラする自分。私も弟がいるので、お姉ちゃんになろうという思いとまだ甘えたい思いの間で揺れる気持ちが痛いほどわかり、あえてお姉ちゃんという言葉は使わないようにしていました。そ のことで周りからはお姉ちゃんになれない、言い方が悪いと言われ悩み、親子で辛い日々を過ごしました。

絵本を読んであげることも写真を撮ることも減っていたし、せっかく撮った写真に写る長女の顔もそれまでと違っていました。夜中に突然長女が目を覚まし「だれかえほんをよんでくれませんか」と泣き始めたときには自分が情けなくなりました。

「長女に特別な絵本を読んであげたい」
「またあの笑顔がみたい」

こうしてやっと絵本アルバムを作ることを決意した私は、まず長女と一緒に初めてアルバムを見ることにしました。長女にとってはアルバム自体が新しい絵本のように感じたようで大喜び。たくさん出てくる次女のようにちいさな赤ちゃん。でもそれは次女ではなく自分。「これ、さーちゃん?」と何度も確認し、「この写真はどうして撮ったの?」と質問攻め。

私がどんな姿もかわいく思えて撮ってしまった、人には無駄な写真が長女には無駄ではありませんでした。1枚1枚説明したことで自分がどんなに愛されかわいがられてきたかに気づき、妹に優しくする気持ちが生まれたのかもしれません。

そうして完成した絵本が届くと最初は照れくさそうでしたが、自分が主人公の絵本は特別なようで大切に読み大事にしまうようになりました。

次女が生まれて1年が経ち、長女の言葉も変わってきました。この絵本を一緒に開き写真を指さす次女に「これはさーちゃんだよ」と話している姿を見ると、あの頃とは違う気持ちで2人を見ている自分にも気づかされます。

本来なら生まれてすぐの写真がメインで作られるはずの絵本でしたが、我が家では3歳の誕生日のタイミングで作ることになり少し違う内容に対応していただき感謝しております。ステキな絵本だけでなく子どもたちのいろんな姿に気づくきっかけを与えていただきありがとうございました。

長女の今の口ぐせは「4人家族みんなで力を合わせてがんばろう」です。この言葉のように頑張っていきたいと思います。そして次女にも絵本を作ってあげたいです。